
長崎の坂を歩いていたら、気になる乗り物を思い出した
長崎の坂や階段を歩くようになって、ずいぶん経ちました。
有名な坂から、名前も分からない住宅地の階段まで。
気になった場所に足を運んでは、登ったり、下ったり。ときには「なんでこっちに来たんだろう」と思うような道にも入り込んできました(笑)。
そんなある日、以前テレビか何かで見たことのある、長崎の「斜面移送システム」を思い出しました。
急な斜面に設置された、小さな乗り物。
調べてみると、長崎市内の市道には3か所設置されていることが分かりました。
天神町の「てんじんくん」、立山地区の「さくら号」、水の浦地区の「水鳥号」。
それなら、設置された順番に訪ねてみよう。
しかも、ただ設備を見に行くのではなく、周辺の坂や階段も自分の足で歩いてみたい。
こうして始まった斜面移送システム巡り。
第一弾は、長崎市天神町にある「てんじんくん」です。

大通りから一本入ると、街の音が変わる
天神町の周辺は、普段から比較的よく通る場所です。
近くには長崎スタジアムシティやココウォークがあり、車で大通りを走る機会も少なくありません。
今回のスタート地点に近い銭座小学校の周辺も、車で何度か通ったことがあります。
でも、その先を歩いたことはありませんでした。
ましてや、すぐ近くに斜面移送システムがあるなんて、知りませんでした。
実際に歩き始めて、まず感じたのは静けさです。
いつも思うことですが、長崎の街は大通りから一本入るだけで、驚くほど音が変わります。
銭座小学校の前を通ったときには、運動場から聞こえる子どもたちの声が印象的でした。
大通りでは車が行き交い、近くでは新しい街並みが広がっている。
ところが、少し奥へ進むと、昔ながらの建物や住宅が残り、どこか懐かしい雰囲気に包まれます。
同じ街なのに、ほんの少し歩くだけでこんなに表情が変わるんですね。


住宅地の奥に現れた「てんじんくん」
天神町の住宅地へ入ると、周囲はさらに静かになりました。
細い道に、傾斜のある階段。
住宅が建ち並ぶ間を進んでいくと、ほどなくして斜面移送システムのレールが見えてきました。
「あ、これがてんじんくんか!」
初めて実物を見た感想は、ちょっと意外なものでした。
思っていたより、距離が短い。
正直、もっと長い距離を登っていくものだと想像していました(笑)。
あとから長崎市の資料で調べてみると、てんじんくんの全長は60m。
2002年3月24日に運行を開始し、2017年12月には設備が更新されています。
方式は「懸垂型」と呼ばれる吊り下げ式で、定員は2人。
速度は分速15m、時速にすると約0.9kmです。
つまり、60mを進むのに約4分。
数字だけを見ると短い距離ですが、この場所で暮らす人たちの移動を支えるためにつくられた設備です。
どんな人が、どんなふうに利用しているんだろう。
そんなことを考えながら、下側の乗り場へ向かいました。

「乗って行きますか?」思いがけない出会い
乗り場の近くには、ベンチに座っているおばあちゃんがいました。
私がレールや設備の写真を撮っていると、突然、
「乗って行きますか?」
と声をかけてくれました。
えっ、乗れるんですか!?(笑)
少し驚きましたが、今回は周辺の階段を歩くつもりだったので、丁寧にお断りしました。
せっかくの機会だったので、そこから少しお話をさせてもらうことに。
おばあちゃんによると、てんじんくんは、若い人や元気な人なら歩いたほうが早いくらいの速度なのだそうです。
そして、上側の終点も、すぐ近くの公民館のあたりまで。
「短いとよ〜」
と教えてくれました。
それでも、荷物を持っているときなどには利用するそうです。
話している途中、別のおじいちゃんが通りかかりました。
すると、おばあちゃんはその方にも、
「乗りますか?」
と声をかけていました。
おじいちゃんは「大丈夫ですよ」と答えて、そのまま階段を登っていきました。
なんだか、自然なやり取りでした。
特別なことではなく、この場所で暮らす人たちの日常の一場面。
観光で訪れただけでは、なかなか出会えない時間だったように思います。
ちなみに、てんじんくんは一般の観光客が自由に乗れる設備ではなく、利用者カードを使う仕組みになっています。
今回のおばあちゃんの言葉は、とてもうれしいものでしたが、私は予定どおり階段を歩くことにしました。


短い距離にも、ちゃんと理由があった
せっかくなので、もう一つ気になっていたことを聞いてみました。
「どうして、こんなに短い距離なんですか?」
すると、おばあちゃんは、設置されている場所はある程度の道幅があるけれど、その先は道が狭く、レールを延ばせないのだと教えてくれました。
なるほど。
上まで行ってみると、その言葉の意味がよく分かりました。
てんじんくんの終点付近までは、設備を設置できる幅があります。
でも、そこから先は細い階段や通路が続いています。
車が入ることなど、とてもできそうにありません。
そして、本当に大変なのは、むしろここから先なのではないか。
そんなことを思いました。
もちろん、短い距離でも、荷物を持っているときや足腰に負担があるときには大きな助けになります。
実際に利用しているおばあちゃんのお話を聞けたことで、設備の長さだけでは分からない役割が少し見えた気がしました。
おばあちゃんが乗ったてんじんくんは、ゆっくりと上へ進んでいきました。
その横で写真や動画を撮りながら階段を登っていた私のほうが、先に上へ着いてしまうほどの速度です(笑)。
でも、速さだけが大事なわけではないんですよね。



てんじんくんの終点から、本当の階段歩きが始まる
てんじんくんの区間は、思っていたよりあっという間に終わりました。
さて、どうしよう。
・・・いや、目の前に階段が続いているんだから、登りますよね(笑)。
ここからは、特に決まった目的地もなく、上へ続く道を歩いてみることにしました。
住宅の間を縫うように延びる階段。
左右には、さらに細い脇道や別の階段がいくつも見えます。
その先にも、たくさんの家が建っています。
てんじんくんがある場所だけでなく、その周辺一帯が急な斜面の住宅地になっているんですね。
車が通れる道とは違い、階段しかない場所では、日々の移動そのものが大変そうです。
買い物帰りに荷物を持って登るとしたら。
真夏の暑い日だったら。
雨の日だったら。
そう考えると、普段何気なく歩いている平地とは、暮らしの条件がずいぶん違うことに気づかされます。


坂の上で思い出した、以前の優しい出来事
階段を登りながら、ふと以前歩いた相生地獄坂での出来事を思い出しました。
あのときも、急な階段の途中で、心が温かくなる場面に出会いました。
あるお宅の前で、おばあちゃんと業者さんらしき方が話していて、特に修理の必要はなかった様子。
業者さんは、お金はいらないと伝えていました。
それでもおばあちゃんは、
「ここまで来てもらったんだから」
と、お金を払おうとしていたんです。
その階段を自分の足で登ってきた直後だったので、なんだか妙に心に残りました。
今回のてんじんくんでも、見ず知らずの私に「乗って行きますか?」と声をかけてくれたおばあちゃん。
もちろん、たまたま優しい方に出会えただけなのかもしれません。
坂の上で暮らしている人が、みんな同じというわけでもありません。
でも、日々の移動に少し苦労する場所だからこそ、誰かの大変さにも自然と目が向くことがあるのかな。
そんなことを考えながら歩いていました。

関連記事:相生地獄坂を歩いた日、坂の途中で出会った優しい時間
気づけば天神町から浜平へ。そして猫様登場!
階段を登り続けていると、いつの間にか見晴らしのよい場所まで来ていました。
眼下には住宅の屋根が重なり、その向こうには街並みが広がっています。

天気もよく、青空が気持ちいい。
こういう景色を見ると、やっぱり登ってよかったと思います。
そして、気づけば浜平公園に到着。

天神町から歩き始めたのに、いつの間にか浜平まで来ていたようです。
特に町境を意識して歩いていたわけではなかったので、少し驚きました(笑)。
そして、ここでうれしい出会いが。
猫様です。

今回も、しっかり一枚撮らせていただきました(笑)。
さっきまで坂の上の暮らしについていろいろ考えていたのに、猫様を見つけた瞬間、気持ちは一気にそちらへ。
汗も疲れも、どこかへ飛んでいきました。
ちなみに今回は、下りの途中でも何匹かの猫に遭遇しました。
これまで歩いた坂シリーズの中でも、特に猫との出会いが多かった印象です。
坂の上の優しいおばあちゃんに、浜平公園の猫様。
なんだか、いい一日です。
帰り道は、階段から坂道へ
浜平公園からは、別のルートを通って下ることにしました。
最初は、また階段です。


登りとは違って、下りは比較的スムーズに進めます。
とはいえ、長い階段の下りは膝にきます(笑)。
そして、途中からは車も通れる坂道に変わりました。
ここで、ちょっと見覚えのある舗装が登場。

六角形の模様が並ぶ、あの坂道です。
最近の坂歩きでは、すっかりおなじみになってきました。
見つけると、ついニヤッとしてしまいます(笑)。
階段しかない場所から、車が通れる坂道へ。
同じ斜面の住宅地でも、道のつくりによって生活のしやすさはずいぶん変わるのだろうと思いました。
街の中心に近いのに、簡単には行き来できない場所
坂道を下っていくと、ほどなくして見慣れた街並みに戻ってきました。
長崎スタジアムシティやココウォークがある、あの周辺です。
ほんの少し前まで、車も入れない細い階段を歩いていたのに。
大通りへ戻れば、車が行き交い、新しい建物が並び、いつもの街の風景が広がっています。
地図で見れば、それほど離れていない場所。
でも、実際に歩くと、そこには大きな高低差があります。
街の中心に近いという意味では便利な場所なのかもしれません。
でも、毎日の上り下りを考えると、必ずしも便利とは言い切れない。
なんとも不思議な感覚でした。
今回歩いた階段沿いには、昔からそこに建っているように見える住宅が多くありました。
歩いている途中でお会いした方も、ご高齢の方が中心でした。
ただ、見た目だけで建物の築年数や住んでいる方の年齢構成が分かるわけではありません。
それでも、こうした場所で暮らし続けることの大変さについて、自然と考えてしまいました。
帰宅してからGoogleマップを見てみると、車が通れる坂道はストリートビューで確認できても、てんじんくんの先に続く階段など、十分に見ることのできない場所もありました。
やっぱり、自分の足で歩かないと分からない景色があるんですね。



てんじんくんが教えてくれた、坂の上の日常
今回の坂歩きは、思っていたほど体力的にきつくありませんでした。
最近、坂を歩く体力がついてきたのでしょうか。
それとも、最初から厳しい登りを覚悟していたからでしょうか(笑)。
天気もよく、歩きやすい一日だったことも大きかったと思います。
でも、これが毎日だったら。
荷物を持っていたら。
真夏や雨の日だったら。
きっと、感じ方はまったく違います。
てんじんくんは、私が最初に想像していたよりも短く、ゆっくりとした乗り物でした。
それでも、そこに暮らす人にとっては、日々の移動を少し助けてくれる存在です。
そして、今回いちばん心に残ったのは、設備の仕組みでも階段の段数でもありませんでした。
「乗って行きますか?」
そう声をかけてくれた、おばあちゃんとの何気ない会話です。
坂の上には、坂の上の日常がある。
その日常をほんの少しだけ知ることができた、そんな一日でした。
お散歩される方へ
今回歩いた場所には、道幅の狭い階段や住宅に隣接した通路が数多くあります。
観光地として整備された場所ではなく、住民の皆さんが日常生活で利用されている道です。
訪れる際は、通行の妨げにならないようにし、住宅や住民の方のプライバシーにも十分ご配慮ください。
また、雨の日などは階段や坂道が滑りやすくなる可能性があります。無理のない範囲で、安全に気をつけて歩いていただければと思います。
※斜面移送システムは、一般の観光客が自由に乗車できる設備ではありません。
SAKAMACHI SUPPLY的な視点
SAKAMACHI SUPPLYでは、長崎の坂や階段、路地、街の言葉など、普段の暮らしの中にあるものをデザインの題材にしています。
坂は、長崎らしい風景のひとつです。
でも、そこに住んでいる人にとっては、毎日通る生活の道でもあります。
私たちは、その坂を「面白い」「長崎らしい」と感じながら歩いています。
一方で、そこには毎日階段を上り下りし、荷物を運び、暮らしを続けている人たちがいます。
今回、てんじんくんを訪ねたことで、いつも見ている坂の風景を少し違う角度から見ることができました。
たった60mの小さな乗り物。
でも、その60mには、坂の上で暮らす人たちの日常が詰まっているのかもしれません。
この街の日常が、デザインになる。
その言葉の「日常」の部分を、改めて考えるきっかけになった気がします。
🛍️ SAKAMACHI SUPPLY
SAKAMACHI SUPPLYでは、長崎の「坂」「港」「方言」「街の風景」をモチーフにしたアイテムを展開しています。
長崎を知っている人には「懐かしい」。
長崎を知らない人には「なんだろう?」と思ってもらえる。
そんな「長崎らしさ」を、シンプルなデザインに込めています。
まとめ|坂の上にあった、やさしい時間
今回は、長崎市天神町の斜面移送システム「てんじんくん」を訪ね、そこから浜平公園まで歩いてみました。
最初は、珍しい乗り物を見てみたいという好奇心から始まった今回の散策。
でも、実際に歩いてみると、印象に残ったのは乗り物だけではありませんでした。
昔ながらの静かな住宅地。
細く長く続く階段。
街の中心に近いのに、簡単には行き来できない場所。
そして、見ず知らずの私に声をかけてくれたおばあちゃん。
相生地獄坂で出会った優しい時間を思い出しながら登り、最後には猫様にも出会うことができました。
今回も、歩いてみなければ分からなかったことがたくさんありました。
長崎の斜面移送システム巡り、第一弾。
「てんじんくん」は、坂の上の暮らしと、人の優しさを感じさせてくれる小さな乗り物でした。
次は、また違う坂の上へ。
どんな景色や出会いが待っているのか、楽しみです。
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NAGASAKI MAGAZINEについて
NAGASAKI MAGAZINEは、長崎の坂や方言、港町の風景、歴史、そして暮らしの魅力を発信するWEBマガジンです。
「長崎って面白い。」
そんな新しい発見を、少しずつお届けしていきます。
この記事を書いた人
道下 真悟(みちした しんご)
有限会社長崎ダイレクトセンター 代表取締役 / Web解析士
長崎生まれ、長崎育ち。
Webサイト制作やDM発送など、企業の情報発信をサポートする仕事に携わる一方で、休日や仕事の合間にはカメラを片手に長崎の街を歩き、坂道や路地、海、港、歴史ある街並みを巡っています。
NAGASAKI MAGAZINEでは、実際に自分の足で歩き、見て、感じた長崎の魅力を写真とともに発信中。
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